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連関資料 :: 社会

資料:4,241件

  • 社会福祉原論
  •  日本の社会福祉は、第二次世界大戦後に始まったといわれる。明治憲法では、国民の人格的基本権の概念が確立されてなかった。したがって、社会事業と公的扶助との区別が無かった。1874年に「恤救規則」が制定され、対象が重度の身体障害者、70歳以上の高齢者、重病人、13歳以下の児童であった.その目的は「貧困からの救済」であった。昭和に入ると社会事業の目的は「健兵政策」であり、その一環として「人的資源の保護育成」であった。1929年制定された「救護法」は、「恤救規則」の対象者を拡大させただけであった。  第二次世界大戦の敗北後、日本は、物資や家の不足、失業者の増加、母子家庭や孤児の増加、身体障害者の増加など経済的に困窮する人々が多く、緊急の対策が必要になった。そこで、日本政府は「生活困窮者緊急生活援護要綱」を決定した。当時の国家の役割は、「富豪、皇族などの恩恵主義」「血縁、地縁による助け」それらからどうしても漏れるものの補充的に救済することであった。そのため、GHQは「福祉四原則」を示しした。これにより、現在の社会福祉事業へと移行、改変された。その内容は、?無差別平等の原則、?救済の国家責任の原則(全国的政府機関の設置)、?公私分離の原則(私的・準政府機関に委託しない)、?救済の総額を制限しない原則、である。  1946年10月、日本政府は「四原則」をもとに「(旧)生活保護法」を施行した。しかし、欠格事項や保護請求権の不明確立、争訟権の否定など問題を抱えていた。 1949年、負傷した旧軍人や戦災障害者を援助するために「身体障害者福祉法」が制定された。「無差別平等の原則」に基づき負傷した旧軍人だけでなく、その原因を特定しない身体障害者にも平等に適応している。
  • レポート 福祉学 社会福祉原論 東京福祉大 福祉 構造改革 エンゼルプラン
  • 550 販売中 2005/07/21
  • 閲覧(4,685)
  • 社会福祉原論
  • 福祉国家とは「国民の福祉増進と確保」、すなわち、「すべての国民に健康で人間らしい文化的最低限度の生活を保障しようとする国家」である。第二次世界大戦中はナチスの「戦争国家」、そして戦後には「社会主義国家」と対比する意味で市民的自由を守りつつ国民生活の保障のために積極的に関与する、先進資本主義国の国家のあり方を示す言葉として使われるようになった。  近代初期の国家のなかには、国民の福祉を政治目標として掲げた国もあったが、その福祉の内容は君主によって決定され、恩恵的なものであり、国民生活のすみずみまで干渉したいわゆる「警察国家」であった。これを「古典的福祉国家」とも言う。続いて19世紀中ごろの「夜警国家」と言われる時代になると、個人の自由競争こそ社会発展の原動力と考え自由放任主義を最良のものとした。この時代には、貧困は個人の責任でその救済は国家の責任ではないとされたのである。19世紀後半、資本主義経済が発展するとともにさまざまな矛盾が生じてきた。すなわち貧富の差の増大と階級闘争、周期的恐慌と帝国主義である。このような状況のもとで、貧困は恐慌や戦争という個人の責任ではなく政治・経済の構造そのもののなかに原因があるとして、その救済を国家の責務とする近代福祉の思想が台頭してきたのである。スウェーデン・ノルウェー・フィンランド・デンマークなどの北欧の国は、社会保険制度を中心に社会扶助の制度を早くから採用していた。19世紀後半から20世紀にかけて社会主義思想が強調されると、それに対応して資本主義経済体制を修正し、その矛盾を除去して国家・社会の積極的な活動によって国民の生存と幸福を保障しようとした。かくして、近代諸国の憲法のなかに新たに生存権の保障が取り入れられることになった。その原型をなすものがドイツのワイマール憲法であった。
  • レポート 福祉学 福祉国家 社会福祉原論 ベバリッジ 高福祉・高負担 生活水準
  • 550 販売中 2005/07/22
  • 閲覧(3,694)
  • 言語社会学 
  • まず、A群の『はじめての言語学』黒田龍之介著(講談社現代新書)について述べたい。この本は、言語学について、高校生向けに書かれた入門書のようなもので、比較的易しい書き方がされた、読みやすい本であった。最初の方で、言語学のポイントが三つ上げられていて、一つ目に「音を重視する」とあった。これは正直意外であった。「言語学」というと、この本にも書かれていたが、今まで「文法を研究する」という固い感じのイメージが浮かんでいたからである。しかし、現在ではインターネットの普及なども伴って、文字情報が溢れているといえるが、文字における言語が発明されたのが5000万年前であるのに対し、音としての言語が発生したのは1万2000年前であることから考えると、言語学において、音が基本になるのは自然だと思った。しかし第3章では、この「音」の難しさについて書かれていた。世界対応で音を表す記号として、IPAというものが紹介されていて、こんなものがあることを初めて知ったのだが、筆者の「IPAというものは、音をイメージするための妥協の産物であり、過信すべきものではない」という意見に賛成し、さらに音の難しさと重要性を感じた。
  • レポート 社会学 言語 言語社会学 文法
  • 550 販売中 2005/07/30
  • 閲覧(2,676)
  • 日本の市民社会
  • 最初に、市民社会に関する一般的な定義について行おう。市民社会とは、市民によって構成された社会、もしくは市民が社会の中心的な担い手になる社会のことをいう。歴史的には、十七世紀イギリス(ピューリタン革命・名誉革命)、十八世紀フランス(フランス革命)で、封建的土地所有制度・身分制度の廃棄と絶対王政の打倒を目的とした、市民革命の結果生み出された社会のことであり、近代社会を資本主義社会とともに特徴づけるとされている。  次に市民社会に関する代表的な見解について考えてみる。一つは市民社会における資本家階級と労働者階級の利害対立に注目する、ヘーゲル、マルクス的な考え方、もう一つは管理主義的な国家と市民社会の対立に着目する「新しい社会運動」の見方がある。  では、市民社会に関するヘーゲルとマルクスの見解を述べていこう。ヘーゲルによれば、市民社会とは、諸個人が「私人」として、自分個人の経済的利益を追求してせめぎ合う社会である。しかし、ここにおける利害の競合関係は結果としてどの成員の意思からも疎遠で客観的な「社会法則」(市場法則など)を存立させてしまうという。この矛盾を弁証法的に解決したものとして、ヘーゲルは国家共同体を挙げ、これが市民社会の競合関係を解消するとした。また、マルクスは、ヘーゲルの議論を受け、市民社会を社会主義にいたる過渡的な過程として位置づけなおす。すなわち、市民革命の主体であった市民は、産業革命以後、資本制生産手段の所有者(ブルジョアジー)として反動化し、労働者階級(プロレタリアート)との間に階級的対立が生まれるようになるという。つまり近代資本主義社会では、この二大階級の間に、支配−被支配、搾取−被搾取の対立関係が生まれ、それが両者の「階級意識」を促進し、「階級闘争」を激化させていくとしたのである。そしてマルクスは、最終的にこの階級闘争に労働者階級が勝利をおさめ、私的所有の廃止によって市民社会は止揚され、社会主義国家が誕生するとしている。
  • レポート 市民革命 市民社会 儒教 新しい社会運動 競合関係
  • 1,650 販売中 2005/07/31
  • 閲覧(8,153)
  • 地球社会の分析
  • スリランカの民族問題は、1983年に、コロンボを中心に起こった、反タミル暴動で一気に国際的に重要視されるようになった。これは、多数派を占めるシンハラ人によるタミル人の大量虐殺であった。この事件を契機にスリランカの民族紛争は激化の一途をたどることになったのである。  全人口1485万人のうち、シンハラ語を母語とするシンハラ人が全人口の4分の3弱(73%)を占める。タミル語を母語とするタミル人が25%、ほかに英語が母語という人々も少数だが住んでいる。宗教によって分類すれば、仏教徒がおよそ1030万人で70%を占める。シンハラ人の多くが仏教徒である。しかし中にはキリスト教の信者もいる。タミル人のほうはヒンドゥー教徒が多数を占めるが、イスラム教徒も多い。 タミル人差別を支えるイデオロギーは、「シンハラ語を母語とするシンハラ民族こそ、島の主人であり、シンハラ人こそが仏教を保護するために選ばれた民族であり、シンハラ人は北インドから渡来したアーリア人種であり、南インドのドラヴィダ人種であるタミル人に対して有能である」という意識によって形成されている。 シンハラ人とタミル人との対立は、「人種的」対立として、あるいは仏教とヒンドゥー教との「宗教的」な対立として説明される傾向にあり、それゆえに、外部からの解決は、困難であるという見方がされてしまうが、現在認められるような言語や宗教を核とするシンハラ人意識やタミル人意識が形成されるようになったのは、キリスト教の拡大に反発して、19世紀後半に生じた仏教やヒンドゥー教の再興運動を契機としてである。それが民族紛争という形をとって対立するのは、独立後40年足らずのことにすぎない。しかも、スリランカにはさまざまな民族集団やカースト、階級が存在する。つまり、シンハラもタミルも集団として均質な構造を持っているわけではないのである。シンハラとタミルという現代スリランカをまさに二分する対立は、スリランカという「内部」を形成する諸集団の葛藤、矛盾が生んだものだという視点が必要であると考える。
  • レポート 社会学 文化 女性 発展途上国
  • 550 販売中 2005/07/31
  • 閲覧(2,159)
  • 国際社会と日本
  • わが国は第二次世界大戦後、貧困に喘ぎながらも目覚しい経済復興を成し遂げ、世界でも有数の経済大国なった。そして先進国の一員として様々な国際協力を現在行なっている。その主なものは、政府中心のODA(政府開発援助)活動、PKO(国際的平和維持)活動、イラク人道復興支援活動、地球環境問題の取り組み、民間ではNGO(非政府組織団体)活動などが挙げられる。本レポートでは、政府中心に行なっている活動内容や問題点を分析し、今後わが国が行なうべき国際協力とは何か、また、一般市民でも行なえる国際協力とは何かについて述べることにする。  まず「政府開発援助」(ODA=Official Development Assistance)とは何かであるが、これは先進国が直接または国際機関を通じて、開発途上諸国へお金を贈与または貸し付ける有償資金協力(ダム・橋・道路・港湾・発電所・上下水道建設といったインフラ整備の大型プロジェクト)や、無償資金協力(飲み水や食料・医薬品の配布、教育指導)などを行なうことによって、開発途上諸国における貧困をなくし、産業を発展させることによって生活力を向上させ、政治的安定と経済発展、福祉の向上を図り、世界的平和に貢献するといった趣旨のもと行なわれている。 わが国は1954年からODAに取り組み始め、これまで185もの国と地域に総額約2210億ドルを援助しており、1991年から10年間は世界第1位であった。また、近年の状況を見た場合、政府発行の「ODA白書2003年度白書」では、対前年比で4.3 %減ではあるものの、約89億ドルを援助しており、アメリカに次いで世界第2位と貢献している。主な2国間援助を見た場合、2003年度ではインドネシアへ約11億4000億ドル、そして中国、フィリピン、ベトナム、インドなどへ行なっているである。
  • レポート 福祉学 国際貢献 ODA PKO NGO
  • 550 販売中 2005/07/31
  • 閲覧(3,496)
  • 社会福祉入門
  • わが国は、他国には類を見ないほどの急速な少子高齢社会を迎えている。平成15年の65歳以上の高齢者人口は2431万2000人で高齢化率は19.0%である。以降、高齢化の傾向は着実に進行し、平成22年には高齢化率が22.5%、さらにその5年後の平成27年には高齢化率が26.0%と推計され、国民の4人に1人が65歳以上の高齢者という超高齢社会を迎えることになる。さらに総人口に後期高齢者(75歳以上の高齢者)が占める割合は、平成22年には10.8%、平成27年には12.5%に達する。  一方、少子化も進んでおり、平成15年の出生数が112万人と昭和48年の半数近くまで減少している。これをうけて、生産年齢人口も減少すると予想されている。  また、世帯構造の変化も顕著に現れている。高齢者世帯は725万世帯(平成15年)で、全世帯の15.8%にも及んでいる。昭和50年の約6.7倍となっている。逆に、三世代家族は減少し続けている。また、地方から若者の流失により、地方での介護者不足が深刻になってきている。  高齢社会の進展により、要介護高齢者の増加とともに、家族介護者の高齢化も進むことになる。そのため、私的介護から社会的介護への転換が迫られている。また、ノーマライゼーションの理念が一般社会に浸透し、高齢者・障害者自身が社会参加する機会も増加してきている。  このような状況の中、高齢者・障害者自身の自己実現の援助や介護者の自己実現の援助をするために、福祉のニーズは増大し、多様化、高度化してきている。また、社会福祉サービスもそれらの福祉ニーズに対応するために、かなりのサービスメニュが用意され多様化してきている。また、高齢者が抱える問題も多種多様に複雑化している。これらを解決するために専門的知識と高度な技術が求められ、社会福祉専門職が必要とされるようになった。
  • レポート 福祉学 社会福祉士 介護福祉士 福祉 少子高齢社会 世帯構造の変化
  • 550 販売中 2005/07/31
  • 閲覧(2,098)
  • 社会福祉援助
  • 1950年代〜1960年代は、アメリカで社会福祉援助技術が専門職として内面からの反省と同時に、社会的影響を強く受けて、いわば外側からも揺さぶられて、新しい発展を始めた時期であるといえよう。また、アメリカでは、1953年にNASW(全米ソーシャルワーカー協会)が結成され、専門職団体の統合化が進められた。これにより、分野や方法によらず、全て同じソーシャルワーカーを確立する基盤ができた。 第2次世界大戦後、20世紀後半はまさに激動の時代ともいえる。政治・経済・国際関係をみても予測しがたい状況が生まれ、国際基盤は揺らぎ、多くの人々がたえず不安と危機意識にみまわれている。その間に社会福祉に関する考え方も大きく変化し、社会福祉援助技術も新たな発展をみせてきた。本レポートでは、ソーシャルワーク論の歴史やその背景と、意味や意義について述べることにする。 歴史的には、三大援助技術はそれぞれ分立して独自な発達を続け、心理学、社会学や精神医学など隣接科学を取り入れて固有な理論や方法を発展させてきた。やがて、個別・集団・地域援助技術の分化した発展によって相互に垣根を高くする動向が著しくなり、社会福祉援助技術はそれらの総称にすぎなくなってしまった。
  • レポート 福祉学 福祉 援助 社会
  • 550 販売中 2006/02/01
  • 閲覧(2,501)
  • 宗教社会
  •  現代の社会では、グローバル化により世界の均質化が進む一方で、9.11テロに代表されるような反グローバリズムの立場に立つ者による宗教テロが世界各地で相次いで起きている。そこで私はなぜ本来平和や安楽を提供するべきである宗教によって、このグローバル化が進んだ時代に、このような悲惨な事態がもたらされてしまうのかについて調べていくことにした。  この問題を解く鍵として、まずグローバル化と宗教との関係について考えていきたいと思う。例えばビッキー・ランダルは、グローバル化は世界の均質化をもたらしているゆえに、第三世界側から見ると「西欧諸国ないし米国の商業的な利益に支配された文化帝国の延長であり、それへの抵抗、反応として宗教への回帰現象が強まったと指摘している。確かにイスラム過激派などの立場の人々には、世界の経済の中心に位置するアメリカによってグローバル化が推し進められており、そのグローバル化とは堕落し腐敗したアメリカ文化を世界に広めることであるので、それを何とか阻止しなければならない、という考えがあるのだろう。またここでイメージされている圧倒的なパワーを持つ超大国米国と、圧倒的な力を前にひれ伏すしかない他の国々といった構図の他に、例えばアメリカ国内でも支配を強要しようとする中心と、その一方で従属を強いられている中心といった構図が存在する。このようにグローバル化によって特定の主義主張を持たないグローバルな市場が世界を支配し世俗的な価値観が広まるなかで、そのような価値観に疑問を持つ人々が、何とかしてかつてのような道徳的価値観を取り戻そうとしていこうとして、それが世界各地で起きているテロの背景となっているということが考えられる。
  • レポート 社会学 キリスト教 イスラム教 宗教テロ グローバル化
  • 550 販売中 2006/02/03
  • 閲覧(3,407)
  • 現代社会と倫理
  •  倫理とはいったい何なのであろうか。高校のときから倫理を学び、この答えをまだ見つけられていないようにも思われるが大学で学んできたことを通して学んだことを述べていきたいと思う。  そもそも、倫理の「倫」とは、元来、「なかま」を意味する言葉である。「なかま」と「仲間」とは異なった意味を持ち、「なかま」は人々の間の関係を意味し、その関係によって規定された人々のことを指す。一方、「仲間」とは、人々の中、間の意味を持つ。この意味の違いを知り、漢字に含まれる意味と日本語の難しさを肌で感じることが出来たように思われる。また、人倫五常というものがあるが、その五常というのは、父子有親、君親有義、夫婦有別、長幼有序、そして朋友有信であり、これが、人間共同体の中にある不変の五つの人としてのあり方なのである。人間共同体を構成する領域は、家族、君臣、そして朋友の三つの領域であるが、これらは私たちの生活を占める「仲間」の大部分であり、これらが支柱となり人間共同体は構成されている。これらは古代中国社会の社会構造を反映したものであるが、これらは今も変わらない社会構造であると私は考えている。そして、この人倫五常はこれからもやはり変わらぬままなのではないだろうか。  次に、倫理の「理」とは一体どのような意味を表すのであろうか。「理」とは字の如く、ことわり、また、筋道、道理を表している。そして、「倫」の意味を強調したり、補強したりする役割を担っている。つまり、「倫」と「理」は二つで一つなのである。  よって、「倫理」とはどのような意味なのか。それは、1、個人的、主観的。道徳的意識ではない、2、人間共同体の存在根底に関わる、という意味がこめられている。つまり、場に合って作り上げられるもの、人間の間柄の道、秩序を示しているのである。
  • レポート 哲学 倫理 現代社会 人間 主客合一
  • 550 販売中 2006/02/11
  • 閲覧(3,449)
  • イギリス社会と教育
  •  イギリスはケインズ政策によって完全雇用を達成したが、それ以上の経済成長は慎ましい生活様式により望むことができず、その方向は福祉国家を建設するための様々な方策実施に移行された。国民所得にはつながらないが住みやすい国へと変容していった。イギリスは階級社会と言われているが、言われているほどでもなくフランスや日本よりも階層間の移動は大きい。また保守的というイメージの国だが好奇心が強く新しいもの好きらしい。さらに多くの人は経済学の効用理論どおりに行動する。各人の満足度は自分の持っている物財の数量に依存するから、効用関数を最大にするには各人の物財を満足度ができるだけ高くなるように按配すればよい。つまり自分のものさしで他人を測ったりはしない。したがって和を保つという方法は日本とは全く逆で、他人のことは気にかけずに自分は自分のことをしておればよいのであって他人と距離を保つことが他人に対する最大の思いやりになる。このような意識が経済にも影響を及ぼしている。おせっかいなぐらいのアメリカ式親切はわき道にそれることは少なくて済むが、イギリス式の親切ではいよいよというところまで手を出さないので余計に時間がかかってしまい当然経済効率は悪くなる。また、団体精神を高揚させれば生産性があがり得をするとわかっていても、インディビディアリズムを抑圧するならばそのような起案は承認しない。  インディビディアリズムを大切にする意識は教育体系にも表われている。日本の教育体系は基本的に単一路線であるが、イギリスでも総合化により単線化しつつあるとはいってもやはり複線教育国だ。教育の機会均等とは同じ教育を受けることではない。各人はそれぞれ異なった資質をもっており、教育を受けることによって自分がどんな資質をもっているかを自覚しそれらが育成され伸ばされるのである。
  • レポート 社会学 イギリス社会 イギリス 社会と教育 教育
  • 550 販売中 2006/02/15
  • 閲覧(2,113)
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